千のブリトー

生涯大学1年生

MtGのコラムからハースストーンを見るー温故vs知新ー

 

 

おはようございます。ドリチン・ルターです。

進歩目覚ましいハースストーンプレイヤーの皆さま、月初めラダーの進捗のほう如何でしょうか・・・。

ワタクシ、ウンゴロ環境そろそろ飽きがきております。

環境的につまらないってわけではなくて、個人的に新環境三ヵ月あたりからモチベがかなり減退するんだよね。とりあえずランク5までは来たし、あとは為すがままといったところ。夏には新拡張も来るだろうしそろそろ何かしらの発表が欲しい……あたしゃ新カードレビューがしたいよ……

 

そういえばまたハースストーンのパクリゲーが出るそうですね!!!

 

わぁっ・・・・

え、でも待って、ハースストーンのパクリゲーがシャドウバースだとしてそのパクリだったらヘンタイストーンのパクリってことかい!!?!??

今回はスクウェア・エニックスが「ドラゴンクエストライバルズ」というタイトルで、文字通りドラゴンクエストを舞台にハースストーン風DTCGを製作する模様。

 

でもまあ個人的には結構面白そうで期待しております。

ハースストーンの面白い部分をしっかりインスパイアしてるから、ヒロパもどきだったり配置だったり武器の読み合いだったりがそのまま流用できてハースプレイヤーとしても好感触。ただ動画を見る限りモッサリしすぎているのがやや難点か。

当たり前だけど僕が小学生の頃死ぬほど打ち込んでいたバトル鉛筆での腕前は1ミリも生きることがありません。

友達の中だったらかなり強いほうだったんだけど友達の1人がクソ強え鉛筆キャップ(補助アイテム的なもの)付けだしたあたりからやらなくなったんだよな。マジでいま思い出してもキレそうだわ、死ねやアイツ。。

 

  あんま関係無いけどシャドバでブチ切れてたハースプレイヤーがドラクエトーンが発表されたときは

ふゥ~~~~~ん、、ドラクエね、、、まあいいんじゃない??ゲームシステムを踏襲するのはゲームの歴史的にも当然のことだし???うん、、」

みたいな反応してて、ハースストーンプレイヤーの平均年齢の高さを暗に感じてしまって俺すげー悲しいよ・・・。おめぇらただのドラクエが大好きなクソジジイ共じゃねえか。大人しくゼシカのおっぱいでセンズリこいてろや。

 

オッサンとガチモンオタクしか居ないこの業界・・・・・シャドバ界隈の若いナオンに思いを馳せてこの記事を書いておる今日この頃です。

冷静に考えてうさん臭い攻略チームみたいなのでシャドバやって金貰ってる読者モデルくずれみたいな女の子と"対戦"したいっしょ……。ゲームでもボッコボコに出来て様々な欲求が満ち足りそうだし………

 

 

ハースストーンやってる女の子はたぶんブスだしおまんこがくさそうなので開幕コンシードが板。

 

 

 

さて、今日はドリチンが一番力を入れているにも関わらず鳴かず飛ばずで、大してアクセス数も伸びていないMtGのコラムをハースストーンに置き換えて分析していくシリーズだよ。なんでこのシリーズやってんだろ。誰か教えてくれません?

今回は「温故vs知新」というコラムからの抜粋。

 

mtg-jp.com

 

かなりデフォルメしての解釈というか、無理矢理ハースストーンに置き換えている部分があるけど、まあそこは拡大解釈の範囲内ということで……何卒………

 

・温故vs知新

プレイヤーの声を聞け

 この対立を「温故 vs 知新」と呼ぶことにした。まずはここで使っている2つの単語の定義から始めよう。

温故

 人間は安心の生き物である。つまり、我々はすでに知っているものを好むのだ。なぜか? それは、我々の脳に深く刻まれている。なぜか? 我々が種として生き残るために、命の危険があるものを避ける必要がある。それでは、命の危険があるもの――種の絶滅の危険があるものとは何か? 未知なるものだ。

 マジックのデザインの話にすると、この欲求はプレイヤーにかつて楽しんだものを再訪したいという気持ちを起こさせる。私がもっともよく聞かれる質問に、「〇〇の再録はいつですか?」というものがある。かつて、我々はキーワード・メカニズムを使い捨てにできる、一度使ったらそのまま捨てるものだと考えていた。時を経て、キーワード・メカニズムは何度も何度も使える便利な道具だと気がついたのだ。実際、我々は今、ブロックごとにある努力をするようになった。まあ、全てのブロックではないことは認めるが、キーワード・メカニズムを1つ再利用するという努力だ。

知新

 好奇心は人間の持つ強力な感情であり、やはり脳に深く刻まれている。なぜそれが必要なのか? それは、適応力が重要だからである。生き残るためには、必要に応じて変わっていく能力が必要である。そのために、我々にとって何か情報が必要であれば、我々の脳はその答えを探すように我々を誘導するのだ。

 マジックの最大の長所の一つは、常時知新し続けていることである。マジック・プレイヤーの平均的なプレイ時間は他のほとんどのゲームと比べ、途方も無いものである。この、新しいものを発見し続けるという必要性がプレイヤーを他のゲームのようにはマジックに飽きさせないのだと私は信じている。

 

 温故知新とは、歴史、思想、古典など昔のことをよく研究し、そこから新しい知見を得ることを指すらしい。「古きを温め新しきを知る」って昔授業でやったよね。まあつまり古いことも大事にして新しいとこを学べってことだよね。

 現在のハースストーンはMtGに習ってスタンダードフォーマットが実装されていて、新しい拡張がリリースされるたびに古いカードはワイルドフォーマットに移行していく。このシステムがあるから過去どれだけ強かったデッキもキーカードが落ちて弱くなっていき、常に環境は流動的なものになる。

 ハースストーンにおける「温故」の部分は、シクレパラの七並べ、レノロックの坊主めくり御機嫌ようトップデッキレノ、コンボドルイドの感謝つかまつるOTK、コントロールウォリアーのシコシコヒロパ装甲40点など、個人的には正直二度と触れたくもない部分が多すぎてあんまり古きを温める気分にはならないんだけど、対してメックシナジーだったり、精霊交信、大怪盗ラファームみたいな第一線ではないにしろちょっと使えたり、触るだけで面白いカードたちがワイルドに行ってしまうのはちょっとさみしい気持ちはあった。コラムの部分で言うなら、「激励」やジョーストなんかも古いシステムに当たるだろうけど、ここら辺もスタンダードに復刻してほしいなーとちょっと思う。ただしサンダーブラフ、テメーはダメだ。

 知新に関してはmaroは本コラムにおいてデザイナー的な観点で触れているんだけど、僕らプレイヤーとしては新しいシステム、新しいカード達は常にワクワクするものだし、新しきを知りたいという気持ちは疑いようのないものであるといえるだろうね。

 

脳内対立

 さて、対立の両陣営を定義したところで、この対立そのものの話をしよう。諸君の脳の一部は「知っているものにしがみつけ」と言い、また別の一部は「新しいものを探し出せ」と言う。この2つの欲求はお互いに矛盾している。それでは、デザイナーはどうすべきか?

 私はしばしば、ゲーム・デザイナーは人間の本質にそぐわない衝動に耐える必要があると語ってきた。私のよく言うように、人間の本質に逆らうのは最初から無謀な戦いなのである。それでは、対立の両陣営が人間の本質であるなら、どうなるか? 2つの止め得ない力が正面から衝突したら何が起こるのか?

 ラヴニカへの回帰が出たばかりなので、このセットをこの対立の例として使うことにしよう。まずは温故の側だ。言葉で言うよりも、ラヴニカ世界の人気を示しているビデオを見てもらうことにしよう

 

このラヴニカという拡張、オレはもちろんなんのことかサッパリわからねぇ。

MtGのゲーム内容に関しては全く興味ねぇからよ……わりィなMtGオタク共………

コラムを読む限り、ラヴニカってタイトルを再録的な感じで再リリースしたのかな?

次の引用でもMtGのゲームの内容に関するテクニカルタームが出てくるけどまあ読み飛ばしてもまったく問題ないよ。

2つの偉大な味

 今日の重要な教訓は、すべての対立が自己矛盾するものではないということだ。どう混ぜ合わせ、どう活用するかというところに知恵を回せば、温故と知新の両方を組み合わせる方法を見付けることができる。それが私の今回の本題である。

 

#1: 望まれていることを知る

 ラヴニカへの回帰のデザインにおいて一番最初にやったことの1つが、旧ラヴニカを定義づけていたすべてのもののリストアップである。リストができたら、次に我々はそれを1つずつ検討していった。それぞれについて考えたことは、「プレイヤーはこれをラヴニカを定義づけるものだと考えているだろうか」ということだった。

 

#2: 古い酒を新しい革袋に

 どの要素を戻すかを決めたら、次はそれをどうやって実現したいかである。ショックランドのように全く同じ形で戻ってくるものもある(イラストは変わっているが)。ギルドの指導者のようによく似た形で戻ってくるものもある。あるいは、新しい調整を受けて戻ってくるものもある。

#3: 自然に振る舞う新しいものを与えよ

 次の技は、過去にあってもおかしくなかった、実際には存在しなかったものを見つけるということである。知新でありかつ温故であるためのもう一つの方法は、環境の中にごく自然にあるようで、かつ実際には存在しなかったことをする、ということである。

#4: 未知のもので既知のものを包め

 ラヴニカへの回帰・ブロックの最大の知新は、セットそのものではなくブロック構造にある。旧ラヴニカ・ブロックは各セットに存在するギルドを4/3/3に絞るという知新をなした。当時、それは非常に独創的なアイデアだったが、ラヴニカが成功したのでそれは想像できる選択肢になった。

 ラヴニカへの回帰という中には、プレイヤーが予想しているものを与える方法を見付けるということがある。ギルドをどう分け、ブロックを通してどう見せていくか、プレイヤーの予想を裏切らなければならない。これは、いくつかの重要な変更によって達成された。

 

 

コラムはラヴニカで求められているものをしっかりくみ取り、再リリースするのがよい。といった感じで話が展開していく。

「当時の拡張でダメだった部分を取り除き、世界観を維持しつつも、新しい部分も盛り込んだうえで古いカード群を復刻させる」という論旨なわけだけど、

じゃあこの部分をハースストーンで例えてみるなら、

「ナクスラーマスが次の拡張でスタンダードに帰ってきます!」みたいな感じかな?

それってメチャクチャアリだと思いません??

 

復刻させるにあたって、いま復刻させるとマズそうなのは《マッドサイエンティスト》《仇討》《デスバイト》《デスロード》あたりかな??

ここら辺を抜きにして、もし現環境に再録します!ってなったら、あそらくzooは《ネルビアンの卵》と《呪われた蜘蛛》が帰ってくるおかげでグルダンは環境に帰ってこれそうだし、海賊ウォリアーやアグロドルイドの理不尽な攻撃力を止めるために《ヘドロゲッパー》や《エサゾンビ》あたりがかなり役に立ちそうだよね。逆にンゾス入りのコンパラあたりが環境トップになりそう……

 

もっと大きくやるなら「アドベンチャーのボスたちがスタンダードに帰ってきたぞ!」みたいな感じでケルスザード、ネファリアン、ラファームを全員出すのもアリかもしれない(もちろんヤバイカードは抜きで)。

面白い効果を持ったカードがいまのウンゴロ環境でどうシナジーするのか、いまでも全く使われないのか、それを考えるだけでもかなり楽しそう。

 

でも「そんなのワイルドがあるからいいじゃん(笑)」っていう人がいるかもしれないけど、僕はワイルドフォーマットが「温故」の役割を果たしているとはみじんも思っていなくて、ワイルドはあくまで「お祭り」感を楽しむためのモードというか、スタンダードがスト2だとしたらワイルドはスト2レインボーくらいの感覚なんだよね。

楽しさの本質が全く違うというか。今はブリザードもワイルド大会とか企画してスパイク、いわゆるガチゲーマーの参戦を促しているけど、結局の本質はファンプレイヤー向けのモードであるということは変わらないと思う。

せっかくアドベンチャーっていうモードを実装していたのだから、ハイ廃止!じゃなくてこういうような再利用のしかたもアリなのかなーと考えさせられたコラムだった。まあ夢想的で、コラムとの論旨とかなりズレてはいるんだけど。

 

 

今回はここまで!またMtGのコラムで面白かったものがあったらその都度見ていきたいね。

 

まあ誰も見てねえだろうけどな!!!!!!!!!

 

 

 

おわり

 

 

namielei.hatenablog.com

 

 

 

【Hearthstone】ミッドレンジパラディン研究+ウンゴロ環境のトップメタについて

お久しぶりです。ドリチン・ルターだよ。

新入社員のみなさん、そろそろお仕事が板についてきた時期でしょうか?先輩とも打ち解けて酒の1つや2つ飲み交わしていますでしょうか?

 

ワタクシ、未だに工場です。

 

工場研修3ヶ月って冷静に考えて長すぎだろ。戦前の会社か?ここ。

人生がハースストーンなら4.5回はコンシードしてるわ(?)

まず高校の時にメールしてた先輩がいつの間にか彼氏作ってた時に1回でしょ………あと大学3年の時に家の前でウンコ漏らしたときに2回…………

 

ブログ触ってない間にハースストーンゴシップのほうはちょこちょこと波立っていましたね!!!!!

プロゲーミングチームを辞めてあの人が帰ってきたり、元選手権解説のあの人がジャパンメジャーを真っ向から叩いたり。。

あの人はなんでハースストーンをやってなかったんだろう、、シャドバやってたわけでも無さそうだし結構謎だよね。別に両立できると思うんだけど詳しい事情について誰か知ってたら教えてください(と書いてはみたものの実際あまり興味ないので教えていただかなくて結構です(^^))

これはあまり関係ないんだけど、最近のハースストーン界隈ってやけにシャドバ界隈を否定して変な選民意識というか、優等人種を気取りたがってるように見えて僕はスゴくイヤなんだよね。シャドバ界隈が事件を起こすと重箱の隅をつつく姑みたいなダッセェヤツが多すぎませんか??

まあシャドバ界隈のほうもしょうもなさすぎてため息も出ないような事件が多いのも事実なんだけどね、、

ゲームとしても勝ってるんだし、人口やアメニティでも勝ってるんだから勝者は勝者らしくしてればいいと思うンすよ。

満腹なライオンが目の前で吠える子犬に大して威嚇するかい・・・・? "そういう"コト。お分かり?

 

でもまあ、k○roebiさんに関しては流石に面と向かって喧嘩売りに来てるし流石に無いな〜〜って感じ。解説は好きだっただけに残念、、

 

まあまあ、そんなことはどうでもよろしくて、とりあえず今日はウンゴロ環境で台頭したミッドレンジパラディンについて考察していきたいと思うよ。

 

以下、ミッドレンジパラディン研究

 

 

ご挨拶つかまつる!

この度新しくミッドレンジパラディン研究所に配属になりましたドリチン・ルターです。以後お見知りおきを。

 

 

今月は丸々ミッドレンジパラディンでレジェンド到達。使ったデッキはツイートの通り、アジアチャンピオンb787クンを排出したラスカル鑑定団の団長(?)ラスカルさんのマーロック軸ミッドレンジパラディン

今使ってるのは違うんだけど、このリストはこのリストでかなり完成度が高くてぶっちゃけイジる部分がほとんどないんだよね。しかも分かりやすいからまだレジェンド踏んでないよって人にはかなりオススメできる一品。ぜひお試しあれ……

最初は「さ、3武器(笑)ってw オリジナリティ出したい感じだ?笑」くらいだったんだけど、よく考えたら今環境で4武器を振る必要性があまり無いし、まさに妙手って感じだった。

 

そんなマロパラだけど、このリストの悪い点として

・一回盤面が返されると何も出来なくなる

・後半のトップドロー勝負で押し負けやすい

・ヘルスの回復手段がほぼ無い

という点が挙げられる。

 

そのぶん爆発力はあるんだけど、シクレテンポの秘紋フレストやブリザード2連打でリセットされるとほぼ再起不能になってしまう。今はあまり見なくなったけど、環境当初はスペルベンダー入りのシクレテンポのせいで剣竜騎乗がクビレがエロいねえちゃんに付いてそのまま盤面取られて負けみたいなマッチも何度かあった。

はぁ・・・・スペルベンダーに"騎乗"してェ・・・・

 

 

よくハースストーンの話をするフレンドと改善策を探していたら、「リソースを増やすんならエリーズ入れればいいんじゃね??」っていう結論になったんだけど、まあ正直微妙っしよwって思ってたらエリーズ入りミッドパラがレジェ4位取ってて震えた。

パラディンの薄い5マナ帯を埋めるのにピッタリだし、ウンゴロパックでランダムが絡むとはいえ損は絶対にしない2マナ5ドローカードを埋め込めるわけだから、後半のリソース勝負にも強い。

実際このリストも中々の万能感があるんだけど、あまり使ってないから正確なことはわからない、、

見た目シクレメイジと海賊、アグドルあたりに強そう。アレクの返しに光ラグって机上の空論感あるけどどうなんだろう、回復を積むって行為自体は正解なのかな…

 

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今使ってるミッドパラ。なんか似たようなリスト見たことある気がするけど一応自分が考えてたどり着いたいったんの回答。

最近の環境的にあんまり始祖ドレイクが刺さらないだろうなーっていうのと、シクレテンポに勝つにはどうすればいいんだろうって部分が今後の課題。前のリストみたく回復とアルダーを入れる線を自分は見ていて、抜くなら体力バフマロをアルダーに、4武器を3武器に、始祖をラグにって感じかな。もうちょっと使ってみて感覚を確かめてまたいじっていきたいね。

 

・ウンゴロ環境のトップメタって結局なに?

 僕はウンゴロで一番強いと感じるのは秘策メイジかなって思ってる。

エストローグも強いし不快なんだけど、秘紋での対応力、バーンスペルでのフェイス能力、秘策のバラエティによる攪乱性などを合わせて、やっぱり秘策が頭一つ抜けている印象。あとたぶんクエローグはどこかしらにnerf来そうだしね。

パラディンはポテンシャルだけなら間違いなく1番なんだけど、飢えたカニ、退化みたいなパラディンを意識したカードが自然に入った構成のデッキが横行しているせいで最強とは言えないのかなって思う。

メタカードに弱いパラに対して、メイジは秘策を食われたとしてもさほど痛手では無いし、まだまだ勝ち筋があるのが強いんだよね。

じゃあパラを使っていくうえで一番意識すべきは必然的にメイジで、メイジに勝てるパラディンを作っていくのが我々ミッドレンジパラディン研究所の第一命題であります。

 

今後の報告に期待されたし・・・・・

 

 

 

おわり

 

 

 

↓本業のミッドレンジハンター研究も合わせてどうぞ

namielei.hatenablog.com

 

 

namielei.hatenablog.com

namielei.hatenablog.com

 

MtGのコラムからハースストーンを見るー無作為はともだちー

 

やあ、ドリチン・ルターだよ。

ゴールデンウィークで舞い上がりすぎてもう給料が底を尽きかけてるよ。障害者なので。

 

ウンゴロ環境、レジェンドが1万人くらい居たらしいね!

 

まるでレジェンドランカーのバーゲンセールだぜ…………

むしろランク1とかのほうがプレシャス感あって良かったまであるな

やっぱりブン回ったもん勝ち環境というか、先にウンコ投げれたほうが勝つみたいな環境で分かりやすいのがこういう結果を生んだのかな、、

あとレノが居なくなってストレス無くランク回せるってのが一因だよね。ミッドが増えてコントロールも減ったし。

もう2度と帰ってくんなよケツアゴヒールゲイ。おまえはミスチャレと仲良く遊んでてな。

 

まあそれはさておいて、

昨日偶然見つけたMtGマジック:ザ・ギャザリング)のコラムがけっこうおもしろくて、しかもハースストーンにもかなり通じる部分があるなーって思ったからちょっと紹介してみたいとおもう。

まず初めに言っておくと、僕自身MtGのことを1ミリも知らないし、カードに触ったことすらない知ったか野郎だってことを頭においてほしい。

適当に憶測でMtGのことを語る場面もあると思うけどなんの根拠もないデタラメだからこいつイミフなことしか言ってねぇな~~って思いながら見てね。

 

さて、ハースストーンプレイヤーに多く知られているようにハースストーンはMtGの影響をとても多く受けているゲームで、例えばスタンダード制や闘技場はMtG由来のものだし、そもそもカードそのもののデザインをパク…踏襲しているようなものもかなり多い。

例えば新拡張大魔境ウンゴロで登場したメイジのクエスト《ウェイゲートの開門》で手に入る《時間湾曲》はMtGの《Time warp》をほぼそのまま拝借したようなデザインになっている(らしい)

 

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 MtG…イラストがあまりにも硬派すぎる………

誰この魏軍総大将の呉慶みたいな人。

シャドバだったら巨乳の女の子が二人鏡合わせになってるし、ハースストーンだったら気持ちの悪い生物がなんらかのことをしてる絵が描かれてるだろうな…

まあそもそもほとんどのTCGMtGのパクリとまで言われるほどのカードゲームで、ハースストーンのここはコレ!あそこはコレのパクリ!とか言い出してるときりがないくらいすごいゲームだってことなんだよね。シャドバがハースストーンをパクったようにハースもMtGをパクっている!!みたいな激臭議論をする気は無いし、そういう類の話がしたければ2ちゃんかしたらば行ってみてね

 

まあ、そんなカードゲームの古典とまで言ってもいいMtGだけど、公式が2009年に載せたコラム「無作為はともだち」を読んでいきたいと思う。けっこう長い記事だし、要点だけ軽く要約していくけど、引用はたぶん要約とかしちゃホントはダメだよね(卒論感覚)

べつにブログで金儲けしてるわけじゃないから多めに見てね

 

全文はこれ↓

magic.wizards.com

 

このコラムではMtGで当時新しく実装された「続唱」のシステムの無作為性、つまりランダム性について触れられていて、そこからカードゲームにおける無作為性の話に展開されていく。続唱はハースストーンでいうジョーストみたいなものなのかな、ちょっとよくわからないけどつまりランダム性が絡んでくるものだってこと。

 

 無作為

名詞 作為の無いこと。意図的に手を加えることなく、偶然に任せること。ランダム。

 無作為とは、予想できないことだ。ではこの前提に基づいて話を続けるとするが、それだけではちょっとゲームについて話をするには物足りない。ゲームにおいては、無作為であるとは、「操作が加えられなければ」予想できないこと、とさせてもらおう。

「操作が加えられなければ」というのはなぜかというと、多くのゲーム、特にマジックにおいては、プレイヤーはゲームの要素を操作することが認められているからである。プレイヤーが無作為の部分を手に取り、そしてより無作為でない状態、あるいは完全に無作為でない状態にすることができるということだ。この能力によって、少なくとも今回の議論の範囲では、無作為の質が失われることはない。これが、今回のコラムのキモと言ってもいい部分なのである。

 

 MtGにもハースストーンと同じくランダム性が絡むゲーム性の一面がある。それはコイントスだったりサイコロだったりするわけだけど、それはやはりゲームをよりエキサイトなモノにするためのギミックとして。

MtGはわからないけど、実際ハースストーンはこのランダム性(RNG)でかなり劇的な場面が生まれたりするからやっぱりハースストーンがDTCGとして成功している要因になってると思う。

 

・ コイン投げ

 さて、ここまで見てきたとおり、ゲームには未知の部分が必要である。そして無作為性はその未知を作り出してくれる。それを前提に、無作為性がゲームにどのような影響を与えているか検討していくとしよう。

 

1.驚きを作り出す。

驚きとはすなわち面白さであるということは既に言った通りだが、それだけでなくより技術的なものでもある。未知は、完全には予想しきれないことを作り出してくれる。それによってゲームはよりドラマティックに、そしてエキサイティングになるのだ。

 

2.ゲームを変える。

何でも充分にこなせる環境は、いずれ飽きが来るものである。無作為性はそこにいろいろな変化をもたらしてくれる。変化があるからこそ繰り返そうと思えるのだ。ネズミがレバーを押せばエサが出てくるという古典的な実験において、レバーを押したときにエサが出てこないこともあるというほうが、より頻繁にレバーを操作するのだそうだ。ゲームにおいても同じく、変化はモチベーションを生み出してくれるものだ。

 

3.反応を呼び起こす。

無作為であることの問題点は、技術の高低と関係がなくなるということ、言い換えると、すべてを制御できていれば良いプレイヤーが有利になるということである。しかし、これは正しくない。ゲームにおいて、無作為に起こる出来事はプレイヤーに複数の行動を強制する。まず、何が起こったか、そしてそれがそのゲームにどう影響を与えるかを認識しなければならなくなる。次に、その新しい変数をどう利用してゲームに勝つかを推論しなければならなくなる。さらに、その新しい変数を利用するために他のリソースを最大限に活用しなければならなくなる。これらはどれも非常に複雑なもので、経験豊富なプレイヤーでなければこなすことができない類のものだ。不可知の変数がゲームに投入されればされるほどに、プレイヤーの技量がそれを活かす機会が増えると言ってもいい。

反応するための能力は、多様な技術に支えられているのだ。

 

 無作為性によって、ゲームはより面白く、何度も楽しめるようになり、そして技術が試されるようになる。すばらしいことだ。

 

 1.の驚きを作り出すというのは本当その通りで、コンゴウインコがキングクラッシュを持ってきてトンデモないところからリーサルになったりすると「ハースストーンサイコーーー!!!!」ってなるし逆にウルトラサウルスみたいな肥溜めの中に浸かった生理用ナプキンみたいなクソミニオンを持ってきたりする。まあどちらであれ驚きはしてるよね(?)

 

あと、ハースストーンのようなDTCGは、MtGみたいな実際の紙を使ってるTCGが出来ないような、「カードプールからランダムにカードを手札に加える」ことが出来る。例えばそれは《怪盗紳士》や《コンゴウインコ》、《思念奪取》みたいなカードで、ハースストーンにはこういうデジタルな点を生かした無作為性があるのがMtGと大きく違うところだと感じる。

このシステムのおかげで構築で入らないようなカードも対戦で見ることが出来たり、しかもそれが思わぬ活躍をしたりするから面白いンだよな……

2.で書いてあるような、ゲームの変化の重要性は、変化に富むこういうギミックがあるから十分に担保されてると言っていいと思う。

3.はつまり無作為性を考慮したプレイングがよりプレイヤーに刺激を与えるみたいな話だと思うんだけど、正直僕ではまだまだ意識出来てない部分で、例えば《ストーンヒルの守護者》で《始祖ドレイク》がピックされたかも知れないから、8ターン目は横に並べ過ぎないようにしよう、とか、毎試合そこまで考えることが出来たら確かにもっと勝率にも影響してくるのかなーとは思う。まあ自分は出来てないけど、ランダム性がプレイヤーに良い刺激をもたらすっていう点においてはまさしくその通りかも。

 

  ・無作為の欠点

そこから出てくる疑問が、なぜプレイヤーは無作為をそれほど低く評価しているのかということだ。その答えは、無作為性のせいで不幸な出来事が起こることがあるからである。

 

 1.繰り返させられる。

モノポリーで刑務所にいるとき。バックギャモンでコマがはじき出されているとき。《野生のワーム/Wild Wurm》[TMP]をプレイしようとしているとき。

無作為性のせいで、しようとしていた行動ができずに何度も繰り返すはめになる。上で、同じ事を繰り返させるには変化が重要だと言ったが、無作為性はその逆をつくこともあるのだ。同じ事をただひたすらに繰り返させられることは、けして楽しいことではない。

 

 2.いらいらさせられる。

初心者にとって、何かに繰り返して挑戦し、達成できないということはいらいらするものである。無作為性はそれにさらにがっかり感を上乗せしてしまう。制御不能な因子のせいで達成できないのでは、自分が無力だと感じてしまうのだ。無作為性のせいで失敗したとなると、ただ失敗する以上にいやな感じになるものだ。

 

3.ゲームが停滞する。

失敗するだけでなく、無作為性のせいでゲームが停滞することもある。これの例はMMO(多人数型オンラインゲーム)だろう。クエストを達成するためにドロップ品を必要とする場合、そのドロップ品が出るか出ないかが無作為であれば、プレイ中にそのドロップ品を一度も手にできないことさえありうる。無作為性の下では何も起こることが保証されていないのだ。

 

4.番狂わせが起こる。

ゲームデザイナーとしては、それは悪いことだとは思わない。だが、より弱いプレイヤーに負けることは多くのゲーマーにとって苦痛に他ならない。勝利への鍵を偶然手に入れる喜びより、そのことによる意気阻喪の方が少しだけ大きいのだ。

 

 このように、無作為性によってゲームはより面白くて繰り返し遊べて技量を試すものになる一方で、無作為性によってゲームはよりつまらなくて繰り返し遊べなくて良いプレイヤーが負けることのあるものになる。一体どういうことだろう?

 

 それこそがこの話の心臓部だ。無作為性というものは、ゲームデザインにおいて薬にも毒にもなる劇物なのだ。

 

 

次にこのコラムでは無作為性がもたらす欠点について触れられているんだけど(間の話はかなり省いたけど)1.に関してはハースストーンだとあんまり当てはまるような例は自分は思いつかなくて、○○が出るまで繰り返しプレイするみたいなのはなさそう?

でも例えばテンポメイジを使用しているとき、場に《フレイムウェイカー》が居るときの《魔力の矢》をプレイしたときに、かなりの確率で処理できるであろうミニオンがウェイカーがノーコンすぎて生き残っちゃったりすると、分の良いじゃんけんをしているぶん「クソくだらねーーこのゲーム」っておもったりする。無作為性はいい結果と悪い結果のムラが生まれてしまうのが面白いんだけど、逆に欠点といえるかもしれない。

 

2.に関してはハースストーンプレイヤーなら全員が理解してることだからとやかく言う必要ないでしょ(?)

《怪盗紳士》で《生贄の契約》盗られてジャラクサスになったとたん死んだり、《乱闘》で1体しかいない相手のミニオンが残ったり、《禁じられし創造》でティリオンが出てきたりとこのまま書き続けたらあと5万字くらい書けちゃいそうだからこの辺でやめとくけど、こっちが真面目に負け筋を消してるときにメチャクチャなことをされて負けたりするとマジでこのゲーム作ったベンブロードとかいうサイコパスを法的に訴えたくなるよな、、

 

3.のゲームが停滞するって部分は自分が実は一番の無作為性の欠点だと思っていて、これってまさしくnerf前の《希望の終焉ヨグ=サロン》が引き起こしてた現象だと思う。

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旧神環境では主にテンポメイジ、ヨグドルイドトークドルイドあたりにヨグサロンが入ってたんだけど、最終的にヨグサロンでガチャ引かれて負けることとかかなりの確率であったし、しかも相手はほぼ負け確の時しかヨグを出さないわけだから負けてもしゃーないくらいの感覚で出してくるのが最強にイライラしたよね。

じゃあもう最初から10マナでヨグサロンだして、運がよかったら勝ちでいいやん、これまでのゲームに意味あった?みたいな試合が多すぎて、全く生産性のない環境だったなーと今思い返してもそう思う。もうnerfされたから今は10マナ払ってガチャ引きたいんだーとしか思わないけど。まさしく無作為性がもたらす停滞だった。

 

4.もまあヨグサロンに通じる部分はあるんあけど、勝ち確を運だけでひっくり返されるとこっちからすると喪失感がすごいんだよね。技術が運で補填される場面はあってもいいと思うけど、やっぱりその塩梅は大事になってくる。

 

・まとめ

ここまで無作為性についての良さと欠点についてみてきたけど、箇条書きされている点をよく見てみたら、利点と欠点が実はどちらも紙一重であるということに気づく。やっぱりそういう面でも、コラムの最後に書かれている「無作為性というものは薬にもなるし毒にもなる劇薬」という点に繋がっていくんだろうね。

ハースストーンにおいて《希望の終焉ヨグ=サロン》全盛期だった旧神環境はまさしく無作為性が毒になっていた環境だったと思うし、ゲームとして運の比率を間違えたいい例だと思う。逆にウンゴロ環境で新たに実装された「適応」システムはとても良い程度の無作為で、ハースストーンのスタッフも、もしかしたらMtGのこのような考えのもとで運営しているのかなとひそかに妄想してる。

ただ、じゃあ無作為性を全く排するとそれはすごく味気の無いゲームになってしまうし、ハースストーンで遊んでいるプレイヤーはそんなこと誰も求めてないだろうから、やっぱり大事なのは無作為性の塩梅なんだと思う。

これからもハースストーンで遊んでいくうえで、その土台となっているMtGのこういう考え方は、ハースストーンで遊ぶ僕らも知っていかなくてはいけない部分の一つなのかなーと感じる。

 

 

これまで全くMtGについて知らないクセに長々と講釈を垂れていったけど、また面白そうなコラムがあったらぜひとも読んでいってみたいと思ってるからその時はまたよろしくおねがいします、、

 

先月レジェンド到達したミッドレンジハンターの記事も暇だったら読んでみてね

 

 

namielei.hatenablog.com

namielei.hatenablog.com

 

 

 

おわり