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千のブリトー

死後シゴかれる Twitter:@namieLei HS:池袋ジャラクサス#1525

カリスマ性とはなにか

 

最近なぜか音楽をよく聞くようになって、めちゃくちゃ久しぶりにTSUTAYAに行った。今のTSUTAYAって自動レジなんだね、アレ最初やり方わかんなくてこのまま帰ってやろうかって思ったわ。てか自動にするほどレジ忙しくねえだろ、仕事しろや

音楽をよく聞くといっても、昔聞いてた音楽ばかり。僕が中学、高校の頃によく聞いてたのは木村カエラちゃんだったり椎名林檎みたいな、ちょっとクセの強いアーティストばっかで、周りが聞いてたgreenとかエルレガーデンみたいなのは全然知らなかった。やっぱり昔聞いてただけあって、この曲よくあそこで聞いてたな~とか、iPod聞きながら帰った帰り道を思い出して懐かしくなる。

今日はそんなこと考えてたら、久しぶりに、木村カエラちゃんが結婚した時のことを思い出した。

もうめっちゃショック受けてたもん、あの時。そのニュースをガラケーのニュース速報で見て、なんかよく知らねえヤツにも「オレは悲しんでないよ、カエラのファンだったら応援すべき。そうでしょ?」みたいなメールを30人くらいに一斉送信したことを覚えている。たぶんスゲェ気持ち悪がられてたと思う

それからもカエラちゃんのファンは続けてたけど、それは自分の中での自己形成みたいなもので、当時の学校の身内ネタみたいな、「ドリチンは木村カエラ好きだもんなァ?」みたいなのがあってそれを演じてただけだったと思う。

何が言いたいかというと、結局俺のカエラちゃんへの気持ちはただカエラちゃんに生物的な好意を抱いていただけだということ、それを踏まえるなら、ある特定の人物のファンになるということは「その人と付き合いたいか(結婚したい)」だけなんじゃないかと思ったこと。

宗教学者のM・ウェーバーは支配の3分類について伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配の3つを挙げていて、ウェーバーは「支配」を「ある内容の命令を下した場合、特定の人々の服従が得られる可能性」と定義付けしてるらしいけど、そんな詳しいことはどうでもよくて、つまり人がある特定の人物に心酔するってことはつまりその人のカリスマ性に惹かれて、その人にあこがれたりするわけだけど、このカリスマってものは「異性間」には発生しなくて、同性間の間にしか真の意味でのカリスマは成り立ってないのかなって思った。

じゃあ同性はどうなんだろって思ったけど、自分の経験上ある特定の人物にあこがれるようなときは「この人みたいになりたい」とか「この人に認められたい」みたいな思いが強かった。それもその人への同一化であったり、ただ「承認」の求めるところだったのかもしれない。

ウェーバーはカリスマ的支配の例を新宗教の教祖であったり、ギリシャデマゴーグを例に挙げている。学術的な部分じゃなく、自分たちの生活に還元した部分で見たら、結局カリスマってどんな人のことなんだろうって疑問に思った、そんな一日だった。

 

 

 

 

 

今日チャットモンチーのボーカルのえっちゃんがかわいいな~~~とふと思って画像を漁りに漁った挙句、「チャットモンチー えっちゃん 結婚」でググってすでに結婚してると知った時木村カエラが結婚したときと同じ気持ちに陥ったんだよね。

 

 

 

 

 

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チャットモンチーのえっちゃん。

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ハァ・・・・・・・・オレこの人に尽くすわ・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

おわり