千のブリトー

生涯大学1年生

リキマル・コンプレックス概論〜トロマン期における中年男性の一例をもとに〜

 

ここは中野区の外れ。

ブロードウェイから少し離れた住宅街にあるワンフロア。そう、横ゲーのスペシャリストが集まるTOPANGA事務所である。

火、水の定期配信は勿論、その他にもこの場は毎夜様々なゲームのトッププレイヤー達がシノギを削る格闘ゲームの闘技場(パンクラチオン)。

得られる対価は賞金などという陳腐な物では決して無い。名誉と誇りのみを差し出した本物の勇士のみがくつわを並べる誉れある聖室だ。

 

その事務所の一室。

‪──‪──拳をぶつけ合うことしか、それしか知らない、闘争に明け暮れた修羅達の、奇譚なる冒瀆の饗宴が開かれようとしていた。

 

 

 

 

ピチャ・・・チャプ・・・・・・・チュッッ・・・・・・・・・

 

まるで熟れた果実にかぶりついているかのような瑞々しい音が聞こえる。その音と共に、若いようで年季あるような、そしてとても高く線が太い独特のしなりを持つ声質の男が話す声が聞こえてくる。

 

 

大貫「んっ・・・・・まァじ美味いねこれ・・・・・はじめこんなもん持ってたんだァ・・・なんでもっと早く言わないわけ? てか凄いよこれ格ゲー以外に育児も得意ってあなたすっっごいじゃんねぇw」

 

ときど「んっ・・・・ヌキさん・・・・流石に吸い過ぎっすよ・・・・・筋トレの時間もあるし、まだ鳥ハムの仕込みの残ってるんで・・・・もうウメさんとマゴ来ちゃいますって・・・やーーばいっす・・・・」

 

大貫「いや今月仕事が上手くいかなくてさぁ〜〜。1週間で20万負けてんの。やばくない?焼肉も寿司も行けてなくてw びょッw病気になるじゃん、そんなことしてたらw  そんな時にはじめからミルキーな香りするから問い詰めてみたらこんなことになってるなんてねぇw  流石にくろっちにも教えてあげる安定だよねぇ。」

 

あの瑞々しい音こそ、この男大貫がときどの母乳に吸い付いていた音の正体である。

ときどはここ2年ほど前から筋トレの一環で飲み始めたステロイドの影響でホルモンバランスが崩れ、母乳が出る身体になってしまっていた。

しかし、日本の最高学府で学んだ電子バイオマテリアル工学を駆使し、電波を完全に遮断できるアルミホイルを開発することに成功、それを胸部に巻き付ける事によって情報漏えいを水際で防いでいたのだ。

しかしやはりこの男、傑物。EVOを共に乗り越えた戦友には小手先の誤魔化しなど通用しない。母乳が出る体質なった故の色めき立つ母性を、根っからの子供、生まれてこの方ずっとピーターパンであるこの不遜の怪物が見逃す筈も無かったのである。

 

ときど「ほんっといい加減にしてくださいよヌキさん・・・ウメさん来るまでっすからね・・・・あの人の肛門油に効く銀箔も作れって言われてんすから・・・・」

 

言葉ではこう言うものの、ときどの顔は満更でも無い。完全に子を慈しむ母の顔だ。

生まれながらに持つ永遠の少年性。そして突として発現した偶発的母性。この2つの因果(イレギュラー)が番いとなり、1つの完成形を見る。

天と地。陰と陽。一と全。そして、母と子。

まさにそこには純然たる"生"があった。

一切の混じり気の無い‪──プラトン的に言うならば‪──ひとつの生そのもののイデアが現象界に顕現していた。

 

 

大貫「んっっ・・・・・んっ・・・・・バブ・・・・・バブゥ・・・・マァジデ・・・・・バブ・・・・ァジ・・・・・・」

 

 

母乳を吸っていくにつれ大貫ははっきりとした言葉を発さなくなってゆく。

完全なる円形。欠けることの無い月のように満たされた生のサイクルを前に大貫の理性は退化する事を選んだ。

早大貫は言葉を発する事は無い。ただ、うわ言のように、脳に刻まれた過去の言霊をぽつりと話す赤子へと成っていた。しかし、これは自らが置かれた状況への適合であり、退化というよりはむしろ"対応"と表現するに近い。

原子の記憶にまで刻まれた格ゲーマーとしての遺伝子が彼を対応させることに成功したのだ。

 

 

 

完全なる調和の中、その崩壊の瞬間は突如訪れる。

ある一人の男が現れた。事務所はまだ解放していないのだが、当たり前かのように配信スペースにあるソファに腰を下ろしている。とにかく大きい。巨躯、というよりは、顔と声がとにかく大きい一人の男であった。

 

力丸「ビルにいねーと思ってヌキさんの臭い辿ってきてみたらとんでもねえ事なってんじゃん。すげー不愉快だわ。ときどお前これどういう事なの?」

 

大きいのはもちろん顔と身体だけではない。態度はその巨躯のさらに幾ばくか大きかった。

誰にも立ち入れぬ聖域に土足で踏み入る力丸に、かつて大貫と並び称されたキングギドラの一頭と言えどときどは怒りを露わにする。

 

「チッ。なんなんすか力丸さん。無断で事務所入るは無いですよ。流石にワタクシとしても見逃せませんよ?」

 

「あ?おめーあれだけ3rdで分からせたのにどっちが上かわかんねーんだ??チュンに使われてただけの男がよぉ。遺伝子にまでどっちが上か刻み込むか…!?」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜ッッッ

 

 

場に只ならぬ空気が流れる。怒れる闘神。相対するは神をも喰らう神殺しの龍。二人の存在感により場の温度が変わり視界がグニャリと歪む。

 

 

 

 

ズンッッッッッッッ

 

 

パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!

 

バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!バルンッ!

 

 

平成の侍のガン攻めによりときどのはちきれんばかりの巨乳が波打つ。

 

力丸「デカチチ揺らしてんじゃねーよ。不愉快だわ。」

 

ときど「そーーなんすよねぇ〜〜〜〜(腕を真上に伸ばす)」

 

大貫「アイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!アイイイイイイイイイイ  !!!!!!!!!!!!!!!!!!アイイイイイイイイイイ !!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

TOPANGA事務所に乳飲み子の無垢の叫びが響き渡る。人語を失い赤子へと"対応"した大貫の心には、母であるときどを力丸に奪われたという喪失感によって無意識的な抑圧が生まれていたのだ。しかし赤子の彼に出来ることは何も無い。彼に出来る事は、力無く無為に泣き叫ぶことだけだ。

 

 

 

 

 

 

──‪──彼の叫び声が、偶然事務所に人狼をやりに来ていた大貫の人狼仲間であるメンタリストDAIGOの耳に入る。

彼はこの時の状況に感銘を受け、1つの学術論文を発表する。その論文が、抑圧的無意識についての根本を揺るがし、現在語られているフロイトエディプス・コンプレックスの定説を覆す精神分析の新たな潮流に一石を投じられることとなる事は、まだ三人は知る余地も無い。

奇しくも、大貫の人生を書き留めた男の名は「大吾」であった。

 

 

この日の晩は、アイイアイイと泣く子供のような甲高いの声が、中野区にいつまでもこだましていた。

 

 

 

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